『キューネン 数学基礎論講義』の置換公理

『キューネン 数学基礎論講義』(以下,『数学基礎論講義』)は,数理論理学の教科書である. ウィスコンシン大学マディソン校の大学院向け講座のノートをもとにして, Kenneth Kunen が 2009 年に出版し,藤田博司が 2016 年に和訳した [K]. この本の第 I 章では ZFC 集合論の公理が示されているが,その中で置換公理の書き方に疑問を抱いたのでここにまとめる.

Kunen による ZF 公理系の定義

Kunen は,『数学基礎論講義』p.14 で ZFC の公理のリストを提示している. 選択公理は今の議論に関係ないため一旦置いておく. 残りの9種類の公理と公理図式を以下に示す*1

  • (A0) 集合の存在. x ( x = x )
  • (A1) 外延性. x , y ( z ( z x z y ) x = y )
  • (A2) 基礎. x ( y ( y x ) y ( y x ¬ z ( z x z y ) ) )
  • (A3) 内包公理図式*2y を自由変数として含まない論理式 φ ごとに, z , y , x ( x y x z φ ( x ) )
  • (A4) 対. z ( x z y z )
  • (A5) 和集合. F , A , Y , x ( x Y Y F x A )
  • (A6) 置換公理図式. B を自由変数として含まない論理式 φ ごとに, A ( ( x A , ! y φ ( x , y ) ) B , a A , b B , φ ( a , b ) )
  • (A7) 無限. w ( w x w ( S ( x ) w ) )
  • (A8) 羃集合. x , y , z ( z x z y )

ただし, 2変数述語 , 定数 , 1変数関数 S は次のように定義される. x y z ( z x z y ) x = z ( z x ) y = S ( x ) z ( z y z x z = x )

Kunen による置換公理図式の定義 (A6) は,よく見る定義とは微妙に違っている. たとえば Jech (2003) "Set Theory" では,置換公理図式は次の形 (A6') で定式化されている [J, p. 13]. x , y , z ( φ ( x , y , p ) φ ( x , z , p ) y = z ) A, B, b ( bB ( a A ) φ ( a , b , p ) ) Kunen の流儀 (A6) と Jech の流儀 (A6') を見比べると,主に次の点が異なっている.

  • 量化 A の位置が違う.
  • (A6) では,y の一意性だけではなく存在も要求している.
  • (A6) では,bB となるための必要条件が課されていない.

最初の2項がどう影響するかはよく分からないが,最後の項は公理の強さに大きな違いを生むと思う. (A6) では,集合 B が論理式 φ で指定した条件をみたす要素だけを含むという保証はない. 一方 Jech の定式化 (A6') では,内包公理は置換公理から従う [J, p. 14, Exercise 1.14].

(A0)〜(A8) を見ると全体的に公理が弱い印象を受ける. 指定された要素を含む十分大きな集合の存在のみをとりあえず保証して,内包公理を使い必要に応じて小さい集合を作るというスタンスなのだと思う.

置換公理をみたすが内包公理をみたさないモデル

置換公理図式から内包公理図式を導出できないならば,反例モデルが存在するはずである. そこで,ZFC のもとで実際に反例モデルを構成してみる. ZF から内包公理図式を除いたもの, つまり (A0)〜(A1), (A4)〜(A8) からなる公理系を仮に (ZF)−3 と呼ぶことにする. 同様に,ZF から内包公理図式を除いたもの, つまり (A0)〜(A2), (A4)〜(A8) からなる公理系を ZF−3 と呼ぶことにする. (ZF)−3 と ZF−3 のモデルの構成に挑戦してみる.

(ZF)−3 のモデル

万有集合 V があれば, x A , ! y φ ( x , y ) から自動的に a A , b V , φ ( a , b ) が出てくるので置換公理は自動的にみたされる. 内包公理がないから,ラッセルのパラドックスによる問題は生じない. そこで,A A を次で定義すると, A = ( A , A ) は (ZF)−3 のモデルになる. A = { 0 , 1 , 2 , , ω , ω + 1 } A = { ( x , y ) A 2 : y = ω + 1 x y } ここでは V A = ω + 1 のつもり. 対,和集合,冪集合の公理は万有集合があれば自動的にみたされるのでよい.

ZF−3 のモデル

万有集合をもつモデルは基礎の公理 (A2) をみたさないので少し工夫する必要がある. 次の方針で構成する.

  • 遺伝的可算集合からなるモデルを考え,サイズの問題を回避する.
  • どの元も,高々可算個の元を含むようにする.
  • 疑似的な万有集合が取れるようにする. すなわち,可算個の元が任意に与えられたとき, それらをすべて含む元 V' が取れるようにする.

これを実現するためには,超限帰納法を使って次のように構成すればいいと思う(自信なし).

順序数 α に対して U ( α ) を次で定義する.

  • U ( 0 ) = ω .
  • 後続順序数 β + 1 に対して, U ( β + 1 ) = U ( β ) { S U ( β ) : | S | < } { U ( β ) } .
  • 極限順序数 γ > 0 に対して, U ( γ ) = δ < γ U ( δ ) .

そして, A = U ( ω 1 ) とし, A による ∈-モデル A を考えると,これは ZF−3 のモデルになっていると思う. 最小の非可算順序数まで取る必要はなく,なんらかの可算順序数まで取れば十分なのかもしれないが, 専門家に聞かないと分からない.

追記1:基礎の公理と万有集合について

(2024-05-08 作成)

「ZF−3 のモデル」の節について vyv03354 さんからコメントをいただいた. 大変ありがたいことです. 上で

万有集合をもつモデルは基礎の公理 (A2) をみたさないので少し工夫する必要がある.

と書いているが,内包公理がない公理系を考えているので万有集合の存在は (A2) とは矛盾しない. そのため,「(ZF)−3のモデル」で構成した A = ( A , A ) はそのまま ZF−3 のモデルになると思う. 後でこの記事を修正する予定.

更新履歴

  • 2022-02-15: 公開,細かい修正
  • 2023-04-02: Document ID を追加
  • 2024-05-08: 追記1(vyv03354 さんからのコメントを受けて)

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脚注

*1: 記号は少し変えてある.
*2: 『数学基礎論講義』では,内包公理と分出公理をそれぞれ「素朴内包公理」「内包公理」と呼んでいる.

参考文献

[J] Thomas Jech (2003). Set theory (The 3rd millennium ed., rev.expanded). Springer. ISBN: 978-3-540-44085-7
[K] Kenneth Kunen,藤田博司訳 『キューネン 数学基礎論講義』日本評論社,2016年.